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広島高等裁判所 平成7年(う)22号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中三八〇日を原判決の本刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人松島道博作成の控訴趣意書(なお、弁護人は、同趣意書中「第一事実誤認」を「第一訴訟手続の法令違反」と訂正する旨釈明した。)に、これに対する答弁は、検察官野田義治作成の答弁書(なお、検察官も、右弁護人と同旨の釈明をした。)に各記載されているとおりであるから、これらを引用する。

第一  控訴趣意中、訴訟手続の法令違反の主張について

論旨は要するに、原判示第一及び第二の覚せい剤は、捜査機関が、被告人を強制的に警察署に連行し、その意に反して約九時間にわたり留め置いた違法な身柄拘束をした挙げ句、ねつ造した報告書を資料に請求して得た捜索差押許可状の執行により違法に採取したものであり、右各覚せい剤の鑑定書も含め、これらはいずれも違法収集証拠として証拠能力がないにもかかわらず、これらを原判示第一及び第二の各事実の罪証の用に供した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある、というのである。

そこで、原審記録を調査し、当審における事実取調べの結果を加えて検討する。

一  証人A、同B、同C、同D子の当審公判廷における各証言並びに被告人の当審公判廷における供述(ただし、後記認定に反する部分は措信し難い。)等の関係証拠によれば、本件捜査の過程に関し次の事実を認めることができる。

1  広島東警察署のB警部補、A巡査部長ら一一名の捜査員は、平成六年一〇月一七日午後七時ころ、Cに対する監禁致傷、銃砲刀剣類所持等取締法違反被疑事件(けん銃様のもの及びナイフを凶器として使用した事件)について、Cに対する逮捕状の執行や関連場所の捜索差押の執行のため、原判示レンタルルーム「甲野」周辺において張込みを実施していたところ、同日午後一一時五五分ころ、Cが被告人と共に「甲野」を出て、並んで約五メートル離れた駐車場の方に向かったため、捜査員らは、右駐車場入り口付近において二人に追いつき、E巡査部長、F警部補、G巡査の三名がCを被告人から離して約二、三メートル離れた駐車場の奥の方に連行して逮捕した。それとほぼ同時に、左脇にセカンドバッグを挟んで持ち、両手をズボンポケットに入れたままでいる被告人に対しても凶器などの所持の有無を確認するため、H巡査において、「警察じゃ。Cの連れの者か。」と尋ねると、被告人が急にH巡査を押しのけてCの方に向かおうとしたため、これを制止し、傍らにいたA巡査部長及びI巡査においても、被告人を取り囲み、被告人の両手首を押さえながらまずポケットから手を出してその中身を見せるよう説得したが、これを拒む被告人と揉み合っているうち、バランスを崩した被告人がその場に腰を落とすようにして仰向けに倒れたので、その被告人を立ち上がらせてみたところ、ポケットから出した被告人の手及びポケットの中には千円札があったのみで凶器に類するものはなかった。そこで、A巡査部長は、被告人が所持していたセカンドバッグに凶器等が隠されているかもしれないとの疑いを持ち、被告人に対して、その開披を求めたが、これに応じなかったので、広島東警察署への同行を求めたところ、被告人が「どこにでも行っちゃるわい。Cさんが行くのであれば、わしも行っちゃるわい。」等と言い、同所付近に停めてあった車両に乗るようにとの捜査官の指示を拒むことなく乗り込んだので、同所を出発して、同警察署に向かった。

2  被告人は、翌一八日午前零時三〇分ころ、右現場から約五〇〇メートル離れた広島東警察署に同行され、同署三階の取調室や二階の刑事一課事務室において、I巡査及びH巡査からセカンドバッグを開けるよう説得されたが、「開けられるものなら開けてみい。令状でも何でも持ってこい。」等と言ってこれを拒むとともに「なぜ、おらにゃあいけんのか。」、「任意だったら帰して欲しい。住所もはっきりしているし、逃げることもないから、何かあれば後日呼んで貰ってもいい。」と言い、帰らせてくれるよう要求し続け、同日午前三時ころには、椅子から立ち上がって出入口の方へ歩きかけたが、I巡査に肩に手をかけられてこれを制止され、また、約一時間後にも同様のことがあり、同日午前五時三〇分ころ、捜査官から警察にいることを言わないよう指示されながらも、母親に対し、自宅に行って、内妻に心配しないよう伝えて欲しい旨電話で連絡している。

3  一方、B警部補らは、同署における被告人の言動などから、セカンドバッグに凶器が隠されているとの疑いは薄くなったものの、被告人の頬がこけ、目がギラギラして、生汗をかいているような状態にあること、注射痕の有無を確認するため両腕を見せるよう求めても被告人がこれに応じようとしなかったこと、被告人と相前後して同署に連行したCの所持していたセカンドバッグ内から覚せい剤粉末が発見され、同人が同日午前零時四〇分ころに覚せい剤所持の被疑事案により現行犯として逮捕されていること、Cがレンタルルーム「甲野」を拠点として覚せい剤の密売を行い、被告人がその手伝いをしているとの事前の情報があったこと等から、被告人が覚せい剤に関する犯罪に関与し、セカンドバッグ内に覚せい剤を所持しているのではないかとの疑いを強く抱くようになり、同日午前二時ころから、被告人の所持するセカンドバッグ等の捜索差押許可状の発付を請求するための作業に入り、同日午前四時ころ、広島簡易裁判所の裁判官に対し前記覚せい剤所持を疑うに至った内容を記載した捜査報告書等を疎明資料として添付して捜索差押許可状の発付を請求し、午前七時ころ同許可状の発付を得て、同日午前七時五五分ころから被告人の所持する前記セカンドバッグの捜索を実施した結果、覚せい剤結晶粉末若干が入ったプラスチック袋一袋(原判示第一事実の覚せい剤)を発見押収し、同日午前八時四〇分ころそれまで留め置いていた被告人を同覚せい剤所持の被疑事実により緊急逮捕した。

4  その後、同警察署の捜査員らは、引き続き被告人の取調べに当たるとともに、同日、当時被告人が内妻とともに居住していた広島市西区《番地略》乙山アパートの被告人方居室に対する捜索差押許可状を広島地方裁判所の裁判官に請求して同許可状の発付を受け、同月一九日これにより捜索を実施したところ、原判示第二事実の覚せい剤等を発見押収するに至った。

以上のとおり認められる。

所論は、被告人は、本件当時、Cと自動車に乗るため駐車場に向かっていたところ、いきなり一〇人程度の警察官に取り囲まれ、警察官であることを知らされることなく殴る蹴るの暴行を受けてその場に倒され無抵抗のまま強引に車両に乗せられて広島東警察署に連行された旨主張し、被告人も当審公判廷において右所論に沿う供述をしている。

しかし、前掲証人Aは、当審公判廷において、前記監禁致傷、銃砲刀剣類所持等取締法違反被疑事件の被疑者がCであるとして同人に対する逮捕状を得たこと、その後のCの所在捜査、右被疑事件が凶器を使用した凶悪な事件であったことからCの逮捕に当たっては多数の捜査官が当たり、かつ、防弾チョッキを着用するなどの準備をしたこと等、Cに対する逮捕状執行に至るまでの経緯を交えながら、Cを逮捕した時の警察官、C及び被告人の言動を詳細に証言しているところ、Aの右証言は、最初に被告人に声をかけたH巡査が、前記認定のように警察官であることを明確に告げた上、Cとの関係を尋ね、さらに所持品に関する質問をしたというのであり、このことは、被告人と同道していて現場で逮捕されたCも当審公判廷において、同人の逮捕に当たった警察官から最初に警察官であること及び同人に逮捕状が発付されていることを告げられたこと、そのため同人は前記レンタルルーム「甲野」に居住する知人に警察が来たことを大声で知らせて対応を求めた旨、警察官であることを告知された点について証言していることからも裏付けられ、この点に関するA証言は十分信用することができる。これに対し、警察官であると知らされていないとの被告人の当審公判廷における供述部分は措信し難い。次に、被告人を取り囲んだ警察官から殴る蹴るの暴行を受けた上、無理やりに車両に乗せられた旨の被告人の当審公判廷における供述部分についても、前記A証言によれば、被告人のズボンのポケットに凶器が隠されているかもしれないとの疑念からポケットに入れたままの被告人の両手を押さえて制圧し、その揉み合いの過程で被告人が倒れたことはあるが、被告人に対応した捜査官が所論のような暴行を加えたとは認められず、また、広島東警察署への同行に際して当初被告人の両手を押さえていたことは認められるが、これは前述のズボンポケットの検査の経緯から押さえていたもので、連行に際しての被告人の言動に徴しても、所論のように無理やりに強制的に車両に連れ込んだとまでは認められない。この点に関する被告人の供述部分も直ちに措信し難い。所論は採用できない。

また、所論は、被告人に対する捜索差押許可状発付のための資料がねつ造されたものである旨主張する。しかし、当審で取り調べた捜査状況報告書(当審検七号証)及び右作成の経過に関する証人Bの当審証言によれば、右許可状発付のための捜査報告書は、当時収集した資料に基づき適正に作成されており、所論のようにねつ造されたものでないことが認められる。所論は採用できない。

二  そこで、右認定の事実関係に基づき、被告人に対する職務質問及びそれに続く広島東警察署への同行と引き続き行われた右警察署への留置きという一連の捜査手続の違法性の有無について検討する。

1  まず、被告人に対する職務質問及びそれに続く広島東警察署への同行について検討する。

当時捜査機関は、被告人と同道していたCの逮捕状の執行に当たっていたものであるところ、同人に対する被疑事実は、前記認定のようにけん銃様のもの及びナイフを用いた監禁致傷及び銃砲刀剣類所持等取締法違反を内容とする凶悪な犯行であり、本件当夜も逮捕の現場で被疑者がけん銃やナイフ等の凶器を所持しているおそれがあるとして、防弾チョッキを着用した警察官四名を配置し、合計一一名もの警察官を動員してこれに対処しようとしていたもので、本件駐車場において、Cに逮捕状を示してその執行をするにあたり、被告人に対してもCとの関係を職務質問する必要があったこと、Cが凶器を所持していなかったため、Cと一緒に行動し、しかも、両手をポケットに入れたままの不自然な態勢で逮捕されたCの方に向かおうとするなどの行動に出た被告人に対し、捜査官において、ズボンのポケット又は小脇に所持しているセカンドバッグ内に凶器等が隠匿所持されていないかどうかについてこれを確認するため、被告人の手をポケットから出すことを求め、その際凶器による不意の攻撃等の事態に対処するために、これに応じない被告人の両手首を掴んだこともやむを得ない処置であって不当、違法な措置であるとはいえない。捜査官が被告人の両手を押さえたまま被告人が後ろに倒れたことは前述のとおりであるが、これも被告人がポケットの中身を見せることを拒否し、その揉み合いの過程で生じた事態であって、捜査官の違法不当な有形力の行使があったとは認められない。

次に、広島東警察署への同行についてみるに、職務質問に対する被告人の言動から、被告人が所持するセカンドバッグ内にCの被疑事実に関連する凶器を所持している疑いが生じたこと、他方、被告人は、右セカンドバッグの開披を頑なに拒んでいたこと、右セカンドバッグの材質、形状(一辺が約二五センチメートルと約一五センチメートルの長方形のもの)に照らすと、外部から手で触ってみた程度では内容物の確認は困難であること及び右現場は街灯等の明かりがあったとはいえ薄暗い状況にあったこと、付近を人が通行する可能性もあること等に照らすと、被告人に対し右現場から約五〇〇メートルしか離れていない広島東警察署への同行を求めることは相当であり、その方法についても、被告人が同行に応じるかのような言動をし、また、車両に乗り込む際にも何ら抵抗をせず自ら乗り込んでいることに徴してみても違法不当な連行とはいえない。

以上の次第であるから、被告人に対する捜査官の職務質問及び広島東警察署への任意同行の過程に違法不当な点はなく、この点に関する所論は採ることができない。

2  次に、広島東警察署への留置きについて検討する。

前記認定事実によれば、被告人の所持していたセカンドバッグに対する捜索差押は、被告人の再三にわたる退去の申出に応じることなく、約八時間にわたり被告人を広島東警察署に留め置いて右バッグの開披を求めるなどの措置を継続した上で行われたものであるところ、右のように長時間、退去の申出に応じることなく被告人を留め置くことは、任意捜査の域を超える疑いが極めて強く、適法な捜査とはいえない。

しかし、関係証拠によると

(1) 捜査機関は、被告人を凶器等所持の疑いがあるとして広島東警察署へ任意同行したものであるが、被告人には覚せい剤事犯の前科があり、事情聴取の過程での挙動や表情等のほか、被告人が腕の注射痕の有無の確認及びセカンドバッグの開披を強く拒んでいる態度から、同バッグ内に覚せい剤を所持しているとの疑いが強く認められる状況下にあったこと

(2) 広島東警察署の捜査官は、被告人を連行してから約一時間三〇分を経過した午前二時ころには、右(1)に見られる状況に対応して、被告人の覚せい剤所持を被疑事実とし右セカンドバッグの捜索を目的とする捜索差押許可状請求のための資料収集に取りかかるなど必要な法的手続のための準備を開始し、午前四時ころには広島簡易裁判所の裁判官に対し右許可状の請求をしており、当時Cの取調べも並行していたこと、深夜でもあること等の事情に徴すると、右程度の時間を要したこともやむをえないとみられること

(3) 被告人の退去の申出に対する捜査官の対応は、説得が中心であって、それ以外には被告人が自ら退去しようとして部屋の出口に向かったときに同室していた捜査官が被告人の肩に手をかけて退去を思い留まらせようとした程度に過ぎず、退去を制圧したというものではないうえ、午前五時三〇分ころには被告人の要求により、警察にいることは話さないとの条件付きながら母親に電話させるなど外部との連絡もさせていたこと

以上の事実が認められ、このような被告人を広島東警察署に任意同行した経緯、被告人に対する覚せい剤取締法違反の嫌疑の程度とその内容、これに対する被告人の態度、捜索差押許可状の請求に至る過程、被告人の退去申出に対する捜査官の対応内容などに徴すると、捜査機関は、当初から令状主義を逸脱する意図は全くなく、違法の程度も重大なものではない。

三  してみると、右捜索差押許可状に基づき押収された原判示第一の覚せい剤及びその後の被告人逮捕を経たのちの被告人居宅に対する捜索とこれにより発見された原判示第二の覚せい剤並びにこれらに関連する鑑定書などの証拠能力は、いずれも肯定されるべきものである。

したがって、右各覚せい剤及びその各鑑定書の証拠能力を認めてこれを罪証の用に供した原判決には所論の訴訟手続の法令違反はない。論旨は理由がない。

第二  控訴趣意中、量刑不当の主張について

論旨は要するに、原判決の量刑が重過ぎて不当である、というのである。

そこで、原審記録を調査し、当審における事実取調べの結果を加えて検討する。

本件は、被告人が、原判示各場所において、原判示覚せい剤をそれぞれ所持したという覚せい剤取締法違反の事案である。

被告人は、原判決が累犯前科として判示する前科を含め、五回覚せい剤取締法違反等の罪により懲役刑に処せられ、平成五年一二月九日最終刑の執行を受け終わったものであるのに、又もや本件各犯行に及んだものであって、他にも前科があることなどに照らすと、被告人には法規範軽視の性向及び覚せい剤に対する親和性が認められ、犯情はよくなく、その刑事責任は軽くない。

そうすると、被告人が今後は覚せい剤に手を出さず、家族のためにも真面目に働く旨供述していることなど所論が指摘し、記録上も是認することができる被告人のために酌むべき情状を考慮しても、被告人を懲役二年に処した原判決の量刑が重過ぎて不当であるとは認められない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条、一八一条一項ただし書、平成七年法律第九一号による改正前の刑法二一条により、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 荒木恒平 裁判官 松野 勉 裁判官 山本哲一)

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